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日本の政治家などが靖国神社に参拝するたびに中国や韓国は

「日本の閣僚の靖国参拝はあってはならないこと」

という発表が出され、メディアにも広く掲載されるためにどこか靖国神社は何か日本において汚点となるような存在であるように感じてしまいます。

今回はそんな靖国神社について番組で池上彰さんが紹介した旨をまとめ、感想を記述していきたいと思います。

 

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そもそも神社って?

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まずは神社と言うものはそもそも何であるかということについて考えていきたいと思います。

神社の宗教と言えば「神道(しんとう)」。神の道と書いて神道。日本に仏教が伝わったのは6世紀というように習いました。

神道と言うのは実はこの仏教よりも昔から日本に根ずいたものであります。その発祥ははっきりとはせず、日本に古来からあった「大自然のあらゆるところに神様が宿っている」という考えから自然的に発生した宗教であると考えられています。

日本では山や森林、木にも神様が宿っていると言われており、台所にも、あるいは「トイレの神様」なんていうものもあります。

 

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「八百万の神」

この言葉は聞いたことがあるかと思いますが、その根源となる感が方ですね。

 

 

靖国神社の始まり

靖国神社は1869年(明治2年)に「東京招魂社」として創建されました。「魂を招き寄せる社」という意味が込められています。そして10年後の1879年に現在の「靖国神社」という名前に変更されました。

「靖」は「安心」という意味がある漢字です。ですから「靖国神社」は「国家を安泰にする神社」という意味合いが込められています。

 

靖国神社の創建に尽力したとされている大村益次郎は銅像として靖国神社の敷地内に建設されています。この人は幕末に長州藩に所属しており旧幕府軍との戦いに勝利し、旧日本陸軍の創始者とも呼ばれています。

この大村益次郎が靖国神社を建設した理由が

「戊辰戦争での新政府軍の戦没者を慰霊するため」

戊辰戦争は、新政府軍と旧幕府軍が戦った日本の内戦のことです。この戦争を経て異例をするための社の創建を唱えたのです。

 

 

戦前と戦後の考え方

第二次世界大戦以前は「国家宗教」という考え方がありました。

国家宗教は「国教」と呼ばれ、国家が認め保護し国民に信奉させる宗教のことを指します。今でこそ考えられませんが、日本国民は皆この教えを信じなければいけないと考えられていたのです。

その国教に認定されていた宗教が「国家神道」でした。

「国家神道」とは明治維新の後、天皇統治性によって国家によってつくられた宗教。古代天皇が行ってきた神道の儀式を国全体の宗教にしたのです。

この「国家宗教」というのはキリスト教や仏教を信仰している人などに対しても、強制的に進行させるものとして位置づけられるのです。

こうした「国教」を進行する神社は今でも「護国神社」として全国各地に点在しています。その中心的な存在であるのが靖国神社なのです。

しかし、この「国教」「国家神道」という考え方は戦後に否定されます。天皇中心の軍国主義を助長する考え方として危険視されたためですね。

 

 

靖国神社に祀られている神様

神社であるから神を祀るのは当然なのですが、靖国神社にはどのような神様が祀られているのが想像できるでしょうか。

「国のために命を落とした戦没者」が神様として祀られています。これは創建者である大村益次郎の発案通りです。そのため、靖国神社には246万6000余柱もの神様が祀られています。

これはペリー来航以降の戦争においての「国のために命を落とした戦没者」が祀られていることになります。

戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争、日中戦争、第二次世界大戦・・・これら戦争で命を落とした戦没者たちを祀っています。

そのため、誰もが知っている日本のヒーロー的な存在である方々が祀られています。

 

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一方で西郷隆盛は西南戦争では国家に対する逆賊として扱われているため祀られていません。あくまでも政府の立場として国家を気づき上げた人=「英霊」として祀られているのです。

そのため、戦争に出兵する兵士たちの心のよりどころであることがわかるかと思います。例え戦地で命を失っても靖国神社出会うことが出来ると信じて戦地へ赴くのです。

「靖国で会おう」

これを合言葉に出兵をした兵士たちがごまんといたのです。靖国神社では出兵した兵士たちの遺書が多数残っていますが、その中にも

「戦士の報を知っても決して泣いてはなりません。靖国で待っています。」

「父恋しくば靖国神社へ。」

「今度白木の箱で帰ります。靖国神社で会いましょう。」

という言葉がつづられています。
 
 

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なぜ海外から問題視されるのか

では、なぜ海外から問題視されているのかということを考えていきます。

 

A級戦犯が合祀されている

やはり靖国神社にはA級戦犯が合祀されているという理由が非常に大きいと言われています。

合祀とは2柱以上の御祭神を一つの神社で祀ること。

A級戦犯とは戦後連合軍によって行われた極東国際軍事裁判で有罪判決を受けた戦争犯罪人のこと。

戦犯については犯罪の種類によって分類されていました。

C級:捕虜や一般人の殺害・虐待など人道に対する罪
B級:病院を攻撃するなど国際法の交戦法規違反
A級:戦争を計画・遂行した平和に対する罪

 

中国や韓国はこのA級戦犯の罪が非常に重いと考えています。

 

では、なぜ靖国神社にA級戦犯が合祀されているのでしょうか・・・。

1978年にA級戦犯が合祀されました。実は戦後から非常に年月が経過されてからひっそりと行われたのです。そのため世間に知れ渡ったのはこの合祀から半年ほど経過した時に特ダネとして報道された歴史があります。

合祀に至るには、まずは1952年に「サンフランシスコ平和条約」が締結されました。この条約によって主権が回復し日本が戦後初めて独立を果たします。そして全国で戦犯の釈放を求める署名活動が起こるようになりました。この時には1800名ほどの戦犯が収容されていました。

こうして戦争犯罪による受刑者の釈放などに関する決議が行われ、全会一致で可決に至りました。服役者は釈放され、処刑者は公務死として処理され、戦争による罪人は日本にはいないということになり、靖国神社に合祀されたのではないかと考えられています。

A級戦犯が合祀されてからも大平総理や鈴木総理などの内閣総理大臣は公式に参拝しています。海外からの批判のきっかけとなる流れを作ったのが1985年8月15日に参拝した中曽根総理のコメントです。

 

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記者「どのような資格において参拝したのですか?」

中曽根総理「内閣総理大臣と言う資格において参拝をいたしました。」

記者「私的参拝ですか?公式参拝ですか?」

中曽根総理「もちろん公式参拝です。政府でも慎重に検討いたしまして公式に参拝することは可能であると、こういう見解を持ちました。
国民の大多数は公式参拝を圧倒的に指示していただいていると確信しています。いわんやこれによって軍国主義が復活するとか超国家主義になるとか戦前の国家神道に戻るとかいうことは絶対にありません。」

 

このコメント受けて反発の意を示したのが中国でした。

「戦犯を祀っている靖国神社への参拝は侵略戦争の害を受けたアジア近隣諸国の感情を傷つける」

というコメントを出しています。そして韓国政府からも毎年のように批判のコメントが出るようになりました。こうした批判的な意見を象徴するかのように海外では靖国神社は「war shrine=戦争神社」と呼ばれています。

 

なぜ中曽根総理の公式参拝を機に批判の声があがるようになってしまったのかというのは

  • 終戦の日に参拝した
  • 内閣総理大臣として参拝を強調

といった理由が上げられると考えられます。終戦の日の参拝はどうしても第二次世界大戦の戦没者の慰霊を象徴させますし、内閣総理大臣を強調することは政教分離の考え方からもよろしくないと考えられるのです。

 

それまでは批判がなかったため、中曽根総理にしても予想外の反応だったと考えられています。

 

 

批判を受けずに参拝する方法

分祀

中曽根総理は批判を受けたことから、A級戦犯だけを他の社に分祀すればいいのではないかと靖国神社に提案しています。その提案についての靖国神社のコメントが以下のものです。

「246万余の御霊は大きな一つの座に合祀されている、個別の御霊を抜き出すことはできない。コップの水を水槽に注いだ後、同じ水をコップに戻せないのと同じ理屈。」

分祀はできないという見解なんです。

 

靖国以外の慰霊地

千鳥ヶ淵戦没者墓苑という1959年に建設され、第二次世界大戦でなくなった身元不明の旧日本軍の軍人と一般人を埋葬している無宗教の施設もあり、ここに全ての戦没者を慰霊する施設にするという案も出ています。

しかし、「靖国で会おう」と言って戦地に赴いた兵士たちの心意気にそぐわないことや、その遺族たちの心情に反するという意見も出ており、なかなか実現は難しいとされています。

 

 

以上より様々な複雑な理由が絡み合い靖国神社は日本人にとっては非常に意味のある神社であるのにもかかわらず、その文化や歴史などが通用しない海外、特に第二次世界大戦で日本から占領などの被害を訴えるアジア諸国からは非常に批判的な目で見られているのです。

そして、それを回避しようにも上手い対応策もなく結果的に波風を立てないようにするならば、日本の官僚たちは公式の参拝、つまり日本を代表する公の人物として日本のために戦没した英霊たちを見舞うことが出来ない状況にあるのです。

 

 

 

 

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平成生まれの思うこと

何だかなあ・・・って感じですよね。汗

個人的に靖国神社は参拝したことがあり、社のすぐそばに立地してある兵士たちの遺書や戦争当時のものが展示されている資料館にも行ったことがあり、関心は同年代よりも強い方かと思います。

戦前の日本と言うのは今からでは考えられないような統制された国であったため、その国家としての在り方には賛否両論があるところかと思いますが、天皇、親、師を敬うという教育は非常に素晴らしい側面もあり、それゆえにアメリカは日本を恐れて様々なテコ入れを行った歴史があります。

 

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上記の「国教」という考え方は「自由」をもとにした民主主義の現代では違和感を覚えますが、「英霊」を大事にしていきたいものですね。