起源

 

池上彰さんが名古屋の名城大学にて「世界を変えた本」と題して講義を行った際、7冊目に紹介したのがチャールズ・ダーウィン著「種の起源」 。

今回は、池上さんが解説したチャールズ・ダーウィン著「種の起源」を紹介します。

 

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「種の起源」についての1回目の解説記事はこちら!

1回目では、どのようにしてダーウィンが生物の進化論についての発想を得たのか、また、進化論についての誤解などについて紹介しました。

今回はまず、進化論と宗教について解説をしていきます。

 

 

進化論と宗教

ダーウィンは「種の起源」にてこのように記述をしています。

 

個々の生物種は創造主によって個別に創造されたという創造説の見解は、大半のナチュラリストが受け入れ、私自身もかつては受け入れていたが、明らかに誤っているという結論である。

種は不変ではない。同じ種の変種とされているものは、その種の子孫である。

 

キリスト教的な「神様が世界をつくり、生き物を創造した」という話は根強く昔から世界的に普及した考え方です。

そんな環境でダーウィンのような主張をすると、その神が創造したという説を否定するかのような発想であるため、批判の的となります。

「種の起源」の出版から140年が経過した際には、当時のローマ法王であったヨハネ・パウロ2世が「進化論は仮設以上のもの」と書簡で発表したことがありましたが、その一方で進化論否定派の派閥は今もなお多数存在します。

アメリカの南部には「キリスト教原理主義」という聖書の一言一句は全て正しいと主張する人が多くいます。

そうした考えの元、この世界は神が作ったものであるということを博物館にして世界に示そうとし、ケンタッキー州に創造博物館「クリエーション・ミュージアム」が建設されました。

 

 

クリエーション・ミュージアム

池上さんは実際にこの博物館に訪れました。

このクリエーション・ミュージアムはアンサーズ・イン・ジェネシスという創造論の戦況を目的とした団体が30億円以上を出費して建設されました。

 

この博物館に入ってまず目につくのは恐竜の模型。

そもそも、聖書を信じた場合にはこの宇宙が創造されてからは6000年程度しか経過していないとされています。

そのため、研究結果では恐竜は6500万年前に生息していたとされていますが、そこに矛盾が生じるのです。ですから、信者は6000年前に神が宇宙と生物を想像し、その際に人間と恐竜が共存していたという説を主張するのです。

すると、人間は恐竜に食べられるのでは・・・?と想像してしまいますが、「すべての生物は草食動物であった」という説明書きが恐竜の模型の側にはあるのです。笑

少々強引な主張な気がします。汗

 

そして、このように人間とサルが過去に枝分かれしたという進化論とは違い、人は昔から人のままという主張を展開しています。

 

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創造博物館創設者のマーク・ローイさんは、以前は進化論者だったと語ります。

「実は私も以前は進化論者で聖書を信じていませんでした。高校生の時にネアンデルタール人などの骨が進化論者の証拠だと教わったからです。

その骨は前かがみになっていたので人類と猿人中間だと言われていました。

しかしある優秀な学者がネアンデルタール人が前かがみなのは、人類と猿人の中間というわけではなく単なる骨の病気だったという説を出し、私もそれが一番正しいと思ったのです。

それ以来、化石を見れば見る程進化論の間違いを確信し、聖書を信じるようになったのです。」

 

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進化論禁止法

アメリカでは、それぞれの州が独自に法律を決めることが出来るため、過去には「進化論禁止法」という進化論を教えてはいけないという法律を制定した州がいくつもあった時代があったそうです。

そういった法律を制定している州で、ある生物の教師が進化論を生徒に教えた際に裁判沙汰になり、そこで罰金100ドルという有罪判決を下されたという一件がありました。

 

これを「モンキー裁判」と言います。

結果的には有罪判決後に被告側が控訴し、控訴裁判所で無罪となったようですが、こうした一件が全米に広く報道されるようになり、進化論を禁止するのはおかしいのではないかということになり、連保裁判所によって「学問の自由に対する侵害」だと裁判になり、最終的に連邦最高裁判所で進化論禁止法は憲法違反であるという判決が確定しました。

こうした一連の流れによって、進化論禁止法はアメリカでは施行されないようになり、今もなお進化論を否定する人が多くいることはいますが、「インテリジェント・デザイン」という少々柔軟に考えるような思考も出てきました。

インテリジェント・デザインとは、何かインテリジェントな存在が、進化の設計図を書いているのではない・・・進化はするが、それを設計した何かがいるのではないか・・・という考え方です。

このインテリジェントはつまり神ということですね。

 

 

進化論の影響

人間の手で変異性が作り出されるわけではない。人はただ、意図しないまま、生物を新しい生活条件にさらすのみである。

すると自然が生物の身体の仕組みに作用し、変異を起こすのだ。

しかし人間は、自然が提供する変移を選抜することが出来るし、それを実行することで望むままに変異を蓄積する。

そうやって人は、動物や植物を自分の利益や楽しみのために適合させる。

イチゴは栽培を開始された時点から常に変異を生じていた。しかし、ごくわずかな変異しか生じていない個体は無視され続けていた。

ところが、少しでも実が大きかったり、早熟だったり、甘かったりした個体を園芸家が選び出し、その種子を蒔き、実をつけた個体から最高のものを選び出して交配するということを繰り返したとたん、ここ3、40年にみごとなイチゴの品種が多数登場したのだ。

 

ここでダーウィンが語っているのは、「品種改良」です。品種改良は人間が人為的に進化の過程をうまく利用しているということになるわけです。

そのため、我々の日常において進化というものは大きく貢献してくれているように感じます。

 

 

一方でアフリカにおいて猛威を振るっていたエボラ出血熱がありました。

血液にウイルスが入っていくことによって次から次へと感染が広がっていくものですから、治療する人は自分に感染しないように重装備で治療をおこなう映像が印象的でした。

このエボラウイルスというものはそもそもオオコウモリに存在しており、そのオオコオモリを食べたゴリラに感染をし、ゴリラと接触をした人間に感染をしたという経緯だと見られています。

ここからは推論になるのですが、かつてエボラウイルスはオオコウモリを殺してしまった可能性もあります。

しかし、宿主を殺してしまうと行き場所を無くしてしまうため、突然変異の元宿主を殺さないようなウイルスが誕生し、それが今の時代にも生き続けているのではないかと考えることが出来るのです。

つまりダーウィンが提唱している進化論よるものですね。

 

このように進化論によっての影響は人間にとっていいものも悪いものも存在しているのです。

 

 

社会ダーウィニズム

「社会ダーウィニズム」というのは、生き物は勝者だけが生き残り、生き残ったものは正しいという考え方のことを言います。

これを社会に当てはめると、むき出しの資本主義であることがわかりますね。

つまり、勝ち組はどんどんと利益や資本を積み上げていき、その一方で失業者がごまんと出る・・・しかし、勝ち組が全てと言うこと。

こうした考え方は、白人が植民地を支配する際に、自身を正当化するために利用された節があります。一部の民族を劣った生き物だとして、社会型隔離しようという考え方にまで発展し、過去を顧みても様々な悲惨な出来事へ影響を与えていることがわかります。

これはダーウィンの進化論の社会に対する負の影響だと言われています。

 

 

 

 

pazoo
平成生まれの思うこと

ダーウィンの進化論が社会にまで影響を与えているというのは知りませんでした!

しかし、キリスト教と進化論の確執は今後も続きそうですね。個人的にはどっとちもどっちなように感じます。

自然淘汰によって人類が誕生したという説は少々強引な感じもするし、恐竜と人間が共存していたというのも極論だと思います。

そのため、まあ、インテリジェント・デザインみたいな感じなのかな・・・。

人体の神秘的すぎる構造などは絶対にどこかの誰かが設計図を書いているとしか思えないため、インテリジェントな存在はいると思います。

ただ、神や創造主絶対主義という見解も少々危険な気がしますね。

 

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それこそ、進化論のように多種多様な考え方が生まれればいいと思います。自然淘汰されちゃうかもだけど。笑